« 医者のカリスマ性 | トップページ | 18年目の手紙 »

母の声が聞こえる

消防署の救急隊からERに連絡が入りました。

" 3歳の男児です。 溺水で、心肺停止状態。 今すぐ救急搬送します。"

ERに緊張が走ります。

スタッフが点滴や挿管の準備をしている間に、ERには救急科のドクター、小児科医、研修医たちが集まって来ます。

Photo

救急隊の話によると、
男の子は親が仕事をしている日中は、おじいちゃんおばあちゃんの家に預けられているとのこと。

そして、その日は、家から見えなくなった男の子をおじいちゃんが探していたところ、庭の池に沈んでいたのを発見したというのです。
  
  
  
溺れてからどのくらい経って発見されたのかはわかりません。

ただ、池の水は冷たいので、風呂などのお湯の場合と違い、脳の代謝が抑えられ、
その分必要とする酸素も少なく脳のダメージは少ないはずです。

もしかしたら回復するかもしれません。
  
  
患者を待ちながら、処置の流れを頭の中でシュミレーションします。

心の片隅に、"救急車の中で意識が戻った"となっていてくれないかなと願いながら・・・。
  
  
  
約10分後、救急車がサイレンを鳴らし病院に到着しました。

微かな期待は叶わず、救急隊員が男の子を、心臓マッサージとバギングをしながら救急車から運び出して来ました。
  
  
心肺停止状態が続いている男の子を直ぐに重症処置室に運びます。

心マを続ける者、挿管をする者、点滴をする者、それぞれが自分の役割を行うべく、一斉に患児を取り囲みます。

気管内挿管も手早く行われました。 

手足は冷たく末梢血管は閉じていたものの点滴ルートもすぐにとることが出来ました。

急速輸液を行うと共にボスミンの投与を行います。
  
  
  
反応してくれたか?

期待して一瞬心マを止め、モニターを見ます。

反応はなく、心電図はフラットのままでした。
  
  
  
もう一度投与します。

これも効果ありませんでした。

更にもう一度投与しましが、やはり効果なし。

心マと人工呼吸を続けながら、何度もボスミン投与を行っても心臓は全く反応しませんでした。
  
  
  
瞳孔も開いたままで対光反射もありません。
  
  
  
心マは、しっかりと胸腔圧迫を行うのにはかなり力が要ります。
じわじわと、額から汗がにじみ出て来ます。

30分以上何も反応がないと、回復する可能性は低いです。

諦めの気持ちがよぎって来ます。
  
  
  
そうなると、せめて死亡の宣告をする前に家族を子どもに会わせてあげたいという気持ちになります。

看護師に、家族を処置室に案内するように頼みました。
  
  
  
処置室に入って来たのはおじいちゃんだけでした。

パパとママは、連絡を受けて病院に向かっている途中とのことです。

おじいちゃんは、茫然とした表情で、殆ど何も言えず立ちすくんでいました。
  
  
  
心マは止めるわけにはいきません。

せめて、母親が到着するまで。
  
  
  
これでもかと使っていた強心剤も、もう意味もないと思われました。

男の子をとり囲み処置をしてくれていた医師たちも、他の救急患者さんの処置のために少しずつ減って行きました。

相変わらず、心電図モニターはフラットのままです。

しかし、医学的には何も期待できないと思っていても、
あとはただ懸命に心臓マッサージを続けるしかありませんでした。
  
  
  
更に30分経ったでしょうか、父親と母親が到着しました。

ふたりとも、最初は信じられないといった表情でしたが、直ぐに子どもの名前を呼び続けました。

" X X X X "  " X X X X "  " X X X X "  " X X X X " 
父親は、絞り出すような声で男の子の名前を呼びます。

それとは対照的に、母親は子どもにすがりつき、叫ぶように名前を呼ぶのでした。

" X X X X "  " X X X X "  " X X X X "  " X X X X " 
  
  
  
母の声は女の人の高い声でしたが、どうしてか、重低音のように、こちらの腹の奥底にまで響いてきます。

" X X X X "  " X X X X "  " X X X X "  " X X X X " 

そして、母は大きな声で、わが子に戻って来るように呼びかけるのでした。

" X X X X "  " X X X X "  " X X X X "  " X X X X " 
  
  
  
心マをしながら、母のこの声で、男の子が本当に戻ってくるのではないかと思うような感覚になってしまいました。
  
  
  
そして、また一瞬手を止めて心電図モニターを見ると、
  
  
  
なんと、心電図の波形が出始めたのです。
  
  
  
すぐさま心マを再開し、薬をまた投与しました。

半信半疑で処置を続けました。

家族も、奇跡が起こったと思ったことでしょう。
  
  
  
  
しかし、それも長くは続きませんでした。

また再び、心電図モニターはフラットに戻って行きました。

更に、心マを続けましたが、もう一度モニターに波形が現れることはありませんでした。
  
  
  
そして、とうとう、この子が旅立ったことを御家族に告げました。
  
  
  
御家族は男の子に、

   "よく頑張ったね。"

   "よくママに会いに戻って来てくれたね。"       と褒めてあげるのでした。
  
  
  
  
全く科学的ではないのは充分承知です。

心電図モニターの波形は、単なる電気信号を感知しただけであると言われるかもしれません。
  
  
  
  
しかし、あの状況を経験すると、御家族だけでなく私自身も、

男の子の魂が体から離れてゆくときに母の声が聞こえたのだと思わずにはいられません。
  
  
  
  
  

« 医者のカリスマ性 | トップページ | 18年目の手紙 »

思い出の症例」カテゴリの記事